これから天下分け目の県知事選挙、統一地方選挙も数ヶ月に迫り選挙関連の記事も増えてくる。
地元紙記者のイージーな取材や"筆先三寸"の記事で、どの陣営も大きく流れや雰囲気が変わることもあるのだ。

かつて県議選を戦った時、古巣徳島新聞にはとんでもないことをされた苦い経験のある元候補として、責任ある報道を強く望みたい(この件については後日)
徳島新聞は多くの新聞と同様、記事には書いた記者の署名があるのはご存知の通りだ(共同通信配信記事は除く)
しかしながら『○○取材班』と称して誰が書いたか分からない記事もある。

大きな事件の背後を調査した特集や、選挙関連の解説などで多用されてきたようだ。
しかしながらこの場合、キチンと署名があり、堂々と論陣を張る時もあるから、この使い分けが読者としてはよく分からない。
ひとつ言えるのは『○○取材班』としても書いてる記者は必ず1人のはず。
確かに同じテーマの取材をしている連中が意見交換や情報交換はしているとは思うが書くのは通常、1人であるのは間違いない。
記者時代、私など大きな事件のあとの記者座談会を1人で書くことはよくあった(笑)
度々、『取材班』が登場するのは県政、市政の記事、解説が圧倒的に多い。この場合、班と言っても県政担当、市政担当のわずか3〜4人のことだ。
『結論から言うと"班"などと逃げないで、他の記事同様、執筆者の名前を出せと言いたいのだ』
普通のどうでもいい記事より遥かに大切なことだ。書いた当人の署名が嫌なら、3〜4人の班メンバーの名前を入れるべき。せいぜい記事は2行増える程度だろう。
記者が責任を持つという意味でも取材班などと逃げるべきではない。匿名の他人の話しを繋ぎ合わせて作る記事は、なおさら執筆者の責任は問われる。
もりもとなおき