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いつまでも心に残る『10.21』。耳の奥でシュプレヒコールが…

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心の奥にずっと染み付いている『10.21』の響き

きょう10月21日は10.21国際反戦デーだった。今でも『じゅってんにいいち』と聞くと背筋がビシッとするし、何とも言えない高揚感がある。
大概忘れているがカレンダーやスマホ、時計の日付で一瞬にして思いだすから、われら世代の一部には、心に『10.21』が染み付いているに違いない。アドレナリンが否応なく湧いてくるのだ。

そして『10.21』と聞くだけで機動隊の諸君の銀色のジュラルミンの盾の固さ……耳のずっと奥から笛の音やシュプレヒコールがこだましてくるから不思議だ。

『捕まっても学校と名前は言っちゃダメ』と、美人のお姉さんが

初10.21はまだ高校生だった。名古屋の久屋公園で、幼いわれわれの腕に消えないように油性マジックで電話番号を書きながら

『もし捕まっても絶対、学校とか名前を言っちゃダメよ』

と言った美人のお姉さん。ベ平連救対センターのヘルメットを被っていた。
どこかでいいおばあちゃんになっているんだろうか。

東京では駅で騒ぐ学生が多かった


日本発だった10.21 国際反戦デーは1966年10月21日総評が「ベトナム反戦統一スト」を実施し、同時に全世界の反戦運動団体にもベトナム戦争反対を呼びかけたことで誕生した。日本の労組にしてはずいぶん、グローバルな呼びかけができた時代もあったものだ。フランスの作家サルトルが褒めたという。
そして世界が呼応し翌年の10月21日には米国ワシントンD.C.で、10万人のベトナム反戦デモがあるなど、『10.21』は欧米にも広がった。

心からベトナム戦争の終結を祈った10.21青春の日

高校体育祭でベトナム反戦のメッセージを込めて
クラスで作ったマスコット看板

とにかく一高校生であっても、日本が北ベトナムと戦争したんじゃなくても、日本にある米軍基地からB52が北ベトナム爆撃に飛び立つことは、僕らの若い正義感は許せなかったのだ。

日本にある米軍基地が、ベトナム戦争の補給基地になっていることも、我慢はできなかったのだ。

2日前、菅首相が就任初の外国訪問としてベトナムの地を踏んだ。このニュースを見て半世紀前、ベトナム戦争に反対した私の『10.21』を思い出した。

もりもとなおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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