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いぶし銀ミスター中日高木守道さんは、われらファンの誇りだった

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元中日ドラゴンズ監督、高木守道さんが亡くなった。急性心不全というから心筋梗塞だろうか。78才だった。われらドラゴンズファンにとって、燃える男・星野仙一さんとはまた違った意味で『ドラゴンズの中のドラゴンズみたいな選手』だった。

まさにいぶし銀。われら中日ファンの誇りだった

名二塁手の名を欲しいままにした。『いぶし銀のような…』という形容がこれほどぴったり似合う選手はいなかったと思う。ONにも堂々と対抗できる選手で、中日ファンの誇りだった。

内野、特にセカンドを守る名古屋の野球少年たちは、高木守道さんのグラブさばきを真似ながら、守備が上手くなっていったものだ。あの華麗で正確なバックトスに何度しびれたことか。


走攻守揃った名二塁手で、名球会、野球殿堂入り

走攻守揃った二塁手で、三度の盗塁王にも輝いた。アベレージヒッターのイメージだが、野球選手としては小柄ながらパンチ力もあり、通算本塁打は236本も打った。王さんと同じく4打席連続ホームランの日本タイ記録も持っている。

感覚的にはいつも3割弱、本塁打20本くらいは打っているイメージで、われわれファンも絶対的に信頼していた。

コツコツと安打を積み重ね、2000本安打も楽々達成し、名球会に。ベストナイン7回。野球殿堂入りしている。

現役引退後はコーチ、2度の監督を歴任したが、最初の監督は91年オフに星野仙一氏の監督辞任を受け、後任監督に就任した。

われわれは『10.8決戦』が今も悔しい思い出

高木監督の下、巨人と同率首位となり、最終戦で勝った方がリーグ優勝という1994年の日本プロ野球史上に残る「10・8」決戦(ナゴヤ球場)決しては忘れられない。


結果的に長嶋茂雄監督率いる巨人に6-3で敗れたが、今考えても悔しい試合だった。

セカンドがいい時の中日は強いと、思っているが、これはやはり高木さんの印象が強いからだ。
星野さん、高木さん、中日ファンにとっての絶対的な選手が逝くのは本当に悲しい。心からご冥福をお祈りします。

もりもと  なおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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