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きょうは三島由紀夫が自衛隊の決起促し自決した日。'70年代は遠く

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1970年はわが人生というか、われらが世代は青春の真っ只中。しかし甘酸っぱい思い出よりも、あまりにも衝撃的な出来事の多い年だった。

あまりにも衝撃的だった三島由紀夫さんの切腹自決

その49年前のきょう11月25日。作家三島由紀夫氏が東京の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自衛隊の決起を促し、衝撃的な割腹自決をした日だ。

当時私は18才。高校3年生だった。
名古屋駅から1番近い1.5流の高校で、人生に、大学受験に大いなる疑問を抱きながらダラダラと過ごしていた。

よど号、安保、学園闘争、受験

春には日航機よど号ハイジャック事件があった。赤軍派の学生がよど号を乗っ取り、北朝鮮へ向かったのだ。メンバーに確か神戸の同じ高校生がいたことにも激しい衝撃を受けた。

6月は日米安保条約が自動継続された。全国で吹き荒れた学園紛争は明確な闘争目的を見失い、これを機に急速に萎んでいったように思う。

それでもその年の10.21国際反戦デーでは全国の大学、街頭に火の手が上がった。これも全共闘運動が事実上終焉する残り火だったのかもしれない。

僕らも街頭闘争に出たが、受験を前に警察に捕まらないことだけを考えていたから、お粗末で陳腐な話しだった。

安倍政権下での右傾化は、三島さんが望んでいた国家とは全く違う

そして三島由紀夫事件……

三島さんはこの2年前、東大全共闘何千人が待つ東大安田講堂に単身乗り込んだ。

全共闘のリーダーらと激しく議論したが、あっという間に三島さんひとりが何千人を飲み込んでしまった迫力、理論の凄さに、感動さえ覚えたものだ。

さすがの東大全共闘も太刀打ち出来なかった三島由紀夫

それでも三島さんは当時の学生運動を過大評価し、右側の行動派文化人としてかなりの危機感を抱いていたように思う。

今と違い政治も学生も文学もレベルは高く、右と左が互いにリスペクトし合い、暴力を容認しつつもきちんと議論できた良き時代でもあった。

こんな状況下の日本だ。多感な18才にとって受験勉強どころじゃなく、国家とは、憲法とは、社会とは何か。未熟な頭と心を悩ませる出来事ばかりが相次いだ。

僕の本棚には新左翼の教祖的存在だった高橋和巳や吉本隆明とともに、三島由紀夫の『憂国』も仲良く並んでいた。

日本をあの時代にリセットし、政治も経済もやり直せたらと思う

よく学校の帰り名古屋駅前でロードショーを観た。アメリカンニューシネマが台頭する時代だ。その代表作、イージーライダーでは自由の国アメリカで、ピーターフォンダらが演じたヒッピーが理由なく射殺されるエンディングに、驚愕した。

衝撃的だったイージーライダーのエンディング

街に流れる藤圭子の『圭子の夢は夜ひらく』がより一層、この時代を刹那的に気怠く思わせたのを、何故かきのうのことのように覚えている。
でも今より100倍はいい時代だったのは間違いない。

もりもと  なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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