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カブト虫が何よりも好きだった少年時代の夏休み

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男の子にとってカブト虫は特別な存在だった

夏休みといえば私の場合、カブト虫が浮かぶ。
小学校低学年時代は大好きだったので、夏休みを挟む7月、9月は箱に入れて一緒に登校していた。

授業中、箱の中でガサゴソするもんだから、学校に持って来ないように先生に怒られたが、やはり連れて行った。

自分で採ったもの、友だちにもらったものが多かった。

身近にカブト虫がいる自然環境があった幸せ

カブト虫は宵のうちに砂糖水を染ませた綿を、カブト虫が好むクヌギの木などに引っ掛け、夜、懐中電灯を持ってきているかどうか、確認する。
立派な角のオスがいたら大感激だった。

ガラスの水槽などに黒土を入れ、太めの木の枝を斜めに立て、彼らが上れるようにした。
エサは当然、スイカやキュウリ、砂糖水を染み込ませた綿をいれた。

外から観察するのはもちろん、外に出し遊んだような気がする。

カブト虫を自分でとる自然環境が近くにあったのは幸せなことだ。まあ、当時は日本中がそうだったが。

しかし、東京では百貨店に売り出されることがすでにニュースになっていたから、子どもながらに東京ってどんなとこなんだと思ったものだ。

絶対、異常なことだと思うが、最近はAmazonで一匹500円くらいで普通に売っている。

麦わら帽子を毎日、被って野山を駆けた夏休み

虫にとったら迷惑な話だが、セミ、トンボ、蝶々、クワガタにはひと一倍の関心があったから、虫捕り網はひと夏にいくつか買い替えた。

網を持って外に出動する時は、奥の台所から『麦わら帽子、被った〜?』と、母親の大きな声が必ず聞こえてきた。

吉田拓郎の夏休みより

当時は暑いと言ってもせいぜい外気温は30°くらいのものだった。エアコンのある家などはまずなかったから、扇風機で十分だったんだろう。

もりもと  なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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