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シネコン全盛期、今もよみがえる高田馬場『パール座』の記憶

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名画が2本立てで300円の映画館があった

映画とパチンコは人と連れ立って行くのは苦手だ。というより、嫌だ。
なぜなら自分の世界に没頭したいから。

今は大型ショッピングセンターに入るシネコン全盛期だが、昔の映画館が懐かしい。
映画を一番、よく観た時代ー。
学生時代は高田馬場にあった『パール座』という名画座によく行った。確か2週毎にメニューは変わるから、行くのは月2回。

 

とにかく数寄屋橋辺りのロードショーなら当時でも1000円くらいしたから、話題の封切り映画などは観たことがなかった。
パール座はその数年前に大ヒットした名画が2本立てでなんと300円!貧しい学生には安い娯楽だった。

1年の時、先に早稲田に入っていた名古屋の友人鈴木が『どえりゃ〜安い映画館があるがや。きょう行こみゃ〜』と誘われたのが、最初だったような。

今も情景やセリフを思い出すパール座で観た映画

高田馬場の国電の駅を降りたら、パチンコ『国際会館』に向かって道路を横断し、左手に下って行ったら西友ストアーがあり、その隣の地下にパール座はあった。

ホールに入るとコンクリートはジメッとしていた。座席が階段状じゃなくほとんど偏平に並んでいたから、前に座高の高いヤツが座っていると、スクリーンの半分しか見えずイライラした。
禁煙の赤ランプが点いていても、タバコを吸うバカもいた。

決まって先に隣の西友で500ccの牛乳とアンパンを買い、観ながら食べるのが至福の時だった。

当時は『イージーライダー』とか『俺たちに明日は無い』など、アメリカンニューシネマが好きだった。

名画座だから数年前のヒット作品が多く、『ある愛の詩』や『女王陛下の007』『ウッドストック』もここで観た記憶がある。

邦画はあまりこなかったが、神田川三部作(神田川、赤ちょうちん、妹)や高野悦子の『20歳の原点』を観た時の情景やセリフを未だに覚えている。
赤ちょうちんの主演は若き日の秋吉久美子だった。

1951年に開館し、1989年に閉館したとか。最後まで満席だっただろうな。

もりもと なおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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