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ロシアメディアが普通に機能していたら、ウクライナ侵攻はなかった

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ベトナム戦争の終結は東京沼袋駅前にあったとんかつ屋で知った。親友の楠元孝夫君と昼メシを食べていた時、NHKのお昼のニュースで流れたのだ。
1975年4月30日、僕らは大学3年生だった。

南ベトナムの首都だったサイゴンの街に無血進軍する北ベトナム軍の戦車やジープを、多くの市民が熱狂的に出迎えていた情景を昨日のことのように思い出す。

 そしてアメリカの傀儡政権だった南ベトナム政府は正式に降伏、ベトナム戦争の終結を告げたのだ。


2人とも箸を止めテレビに見入った。その時の感情は安堵感というか何と言うか…
店内は混んでいたがテレビの音以外は静寂が流れ、皆んなが箸を止めていた。息を潜めこの歴史的なニュースに釘付けになったのだ。

ベトナム戦争は僕らの世代は中学時代から、いつ終わるともなくずっと続いていた。
アメリカの若者はもちろん、思春期の僕らには、時には重いストレスともなる出来事だったのだ。

ベトナム反戦への様々な活動や思いを通して、大きく人生や生き方が変わった人も多かったのは間違いない。とりわけ団塊世代の人たちは。
周りにもいっぱいいた。
少なくとも圧倒的な大国が小国へ侵攻する理不尽さは皆んなが感じていた。

しかしベトナム戦争が今のロシアのウクライナ侵攻と違うのは、アメリカや西側のジャーナリズムは包み隠さず報道した。

そのおかげというべきか。当時国である多くのアメリカ人がこの戦争に強く反対して行動を起こしたことだ。

これに対しロシア国民の大半は新聞、テレビに騙されているだけでなく、ネット情報さえ遮断されている。
プーチンの戦争がいかに非人道的で理不尽なものであるか、多くのロシア人は知らされていない。

やはりメディアが普通に機能しない国は国民はむろん、他国民さえ不幸にする。

(写真上はピューリッツァ賞を取った故沢田教一の『安全への逃避』。この一枚の写真がベトナム反戦への世界の世論をさらに喚起することになった。
下は南ベトナム大統領官邸に入る北ベトナム軍の戦車)

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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