今は社会にも自分にも反ロシア感情が渦巻いているが、実は学生時代、ロシア語の単位を取得した。憧れていた五木寛之が早稲田のロシア文学科だったから、少しかじってみたくなったのだ。
しかし在籍した社会科学部には履修科目に露語はない。全学部の履修を探したところ、第二文学部に他学部生でも履修可能な『露語』があり、登録した。
週に一度、文学部キャンパスに通ったが、確か夜8時半から10時までという一番遅い授業だった。
難しいし、友だちはいないし(ニ文の露語クラスに他学部から私1人だけ)しんどいなぁと思いながらも、なんとか頑張って単位をいただいた。
担当はNHKロシア語講座でも教えていた故藤沼貴先生だった。

本部キャンパス(本キャン)から少し離れていた文学部のキャンパス(文キャン)には、緩いスロープを登っていく。そして帰りは夜空を見上げながら下ると、満天の空にたくさんの星が瞬いていた。


作詞家の永六輔さんが坂本九さんに書いた名曲『見上げてごらん夜の星を』はまさにこの情景だったんだ!
♫見上げてごらん夜の星を
僕らのように名もない星が
ささやかな幸せを祈ってる♫
永さんは吉永小百合さんやタモリさんよりさらにひと世代前、同じ第二文学部に通っていた。授業が終わり帰る時の切ない思いをこの詩に込めたのだろう。
"今は夜学に通うちっぽけな名もなき自分たちでも、あの星たちのように、キラキラ輝いてるんだー"と。
青年永六輔は、明日への希望に満ち溢れていたのかもしれない。
僕も露語の授業の帰途、スロープから見たあの星空と永六輔さんの詩が、今もずっと強く心に残る。
脇に挟んだロシア語の本が落ちないようにしながら、かじかんだ手に息を吹きかけ、しばらく真冬の夜空を見上げていたことを、昨日のことのように覚えている。
あれから半世紀が経った。大学病院の病室の窓から眺める夜空の星たちも、あのスロープから見た星と同じように素晴らしく輝いている。
もりもとなおき