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五木寛之と早稲田大とともにあった学生生活のスタート

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大学の新入生、コロナ待機で新しい友の顔知らず

この春大学に入学した人たちは大半が自宅待機で、大学はGW明け以降のスタートだから、時間を持て余しているようだ。
地方から上京した新入生は都内の散策もできず、実家にも戻れず、新しい友人の顔も知らず、不安で退屈な毎日だろうね。

自分を振り返ってみると、当時の『東京』は見るもの聞くもの初めてのことばかり。
五木寛之のエッセイを読み、彼の足跡を辿ったり真似をしたのを思い出す。
時代は変わっても早稲田大学の新入生にはぜひお勧めだ。もちろんコロナが終息したあとに。

青年は荒野をめざすから五木寛之ファンに

平凡パンチに連載された『青年は荒野をめざす』を高校2年生の時に読んだのが、五木寛之との出会いだった。

あまり新聞や雑誌の連載小説は続けて読む方ではないのだが、これは何故か惹かれてしまい、毎週、パンチが楽しみだった。
ヌードグラビア以外が目的でパンチを買ったのは、恐らくこの小説の連載期間だけだったかもしれない。

主人公の北淳一郎は、横浜港からナホトカ行きの客船バイカル号に乗り込み旧ソ連から欧州経由、アメリカのジャズフェスティバルを目指す。
主人公のハタチの青年にとっても高校生だった私にとっても、その時代のソ連もアメリカも、何が待ち受けているやも想像がつかない、全くの未知の荒野だったのだ。

当時、大学生協の本屋には五木寛之がうず高く

以来、五木寛之にかぶれた。とりわけ大学入学後は、当時出版されているものは全て読んだ。
全集全巻は、高田馬場駅前の『国際会館』というパチンコ屋で、景品として一冊ずつ集めていった。

まあ、流行作家だからか、早稲田の文学青年などは、われわれ五木ファンを明らかに見下していたが、面白いから小説なんだ。興味深い人物のエッセイだから面白いんだ。

当時、早稲田大学生協の本屋には五木寛之と当時、朝日新聞のスター記者だった本多勝一の本が、いつもうず高く積み上げられ、2人の人気を示していた。

五木寛之のエッセイはまるで青春小説だった

またエッセイの傑作『ゴキブリの歌』や『風に吹かれて』は、エッセイというより五木寛之の青春小説のようだった。
この2冊を読んで早稲田時代の五木寛之の足跡を追ったりもしたものだ。

広告会社を辞め浪人中の五木寛之が、小説を執筆した金沢市の純喫茶『ローレンス』にも行き、同じ席でコーヒーも飲んだ。
中野ブロードウェイ近くの『クラッシック』へ行って、ただぼんやりとコーヒーを飲んだものだ。

五木寛之が露文だったから、私もロシア語を選択科目でとったりもした。
五木寛之はロシアの小説家ゴーリキーを原文で読んだりもしたようだ。

なんであんなに夢があったんだろう

カネの無い五木寛之が入学してから暫く過ごしたという西早稲田二丁目の穴八幡宮の縁の下にももぐってみた。

そして五木寛之が生活のため血を売る、いわゆる"売血"にも憧れたが、さすがに我らが時代はもうそんな怪しげな場所はなかった。

五木寛之に影響を受けた私の大学生活スタートの頃。なんであんなに夢があったんだろう。

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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