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今こそ日本の既存のダムの力を見直すべきだ。私のダムへの思い

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日本の近代化、経済成長に不可欠だったダム建設

1950年代終わりから1960年代に全国で建設されたダムがもしなかったら、日本中、農業も工業も電気も何にも出来ずに、われわれも生きてはいけなかった。そして各地で中小の河川が溢れ、大きな被害に繋がったのは間違いない。

ダムは日本の近代化、高度経済成長の中で、かんがい用、工業用水、水力発電、治水には不可欠の存在だったのだ。

牧尾ダムがもたらした名古屋・東海地区への多大な恩恵

うちの父親は昭和30年代はじめに長野県奥地の木曽川上流水系で、『牧尾ダム』という大きなダム建設に従事した。
今でも渇水期にこのダム湖の水量が少なくなると、名古屋周辺の工業地帯に多大な影響があるほどだ。

東海地区のトヨタ自動車や新日鐵をはじめとする工業地帯の発展は、このダムがあったから。東海地区に大きな繁栄をもたらした。

そして名古屋南部や知多半島は古代から干ばつで苦しんだが、このダムから繋がる愛知用水という長大な用水ができ、どれだけの人が飲料水、農業用水で助かったかと、当時のニュースを子どもながらに覚えている。

若き日の父親が建設に従事した
長野県の牧尾ダム(父親が撮影)

日本の河川はダムがないと水の供給は直ぐ途絶えるのだ

米国や中国のゆっくり悠然と流れる巨大な大河と違い、日本の河川は高低差が激しく滝のようなものと例えられる。

だからどんな豪雨が流域に降ってもあっという間に海に流れ出てしまう。だから日本にはダムは歴史的に不可欠だった。

あの石原裕次郎さん制作、主演で映画にもなった『黒部の太陽』の黒部ダムは完成までに170人余が殉職している。そのくらいの人的犠牲を払っても、多くの人々の豊かな生活実現のために造られたのだ。

黒部の太陽の石原裕次郎

毎年、気象台始まって以来が続くであろう異常気象

ここ数年は毎年、気象台始まって以来と言われるの集中豪雨が日本列島を襲ってくる。
ということは100年に一度の豪雨ということだ。それ以上かもしれない。

以前、徳島県の吉野川第十堰の可動堰化計画の是非を巡り、計画を推進する建設省・県と反対する住民グループが何年も渡り議論をした時、『100年に一度の豪雨に固定堰は耐えられない』との、国や県の見解があった。

これに対し反対運動のリーダーのひとりが『100年に一度などという(直ぐにあり得ない)議論はやめよう』みたいな話しになったのを記憶している。

理解できないダム否定の考え方

私もその時は確かにと思ったが、今、現実に昨年の長野県千曲川、先日の熊本県球磨川流域には100年に一度かそれ以上の豪雨が降ったのだ。
わずか10数年前でも地球温暖化による今日の異常気象はだれも予測できなかった。

だからこそ、民主党政権下での八ッ場ダムの工事差し止めの動きには、流域の首長らが全力で反対した。八ッ場ダムの必要性、もたらす恩恵を首長らは知っていたからにほかならない。

一方、中国の巨大な三峡ダムが流域の豪雨で貯水能力を超え、崩壊の危機も指摘される。わずか10数年前に完成したダムだが、当時でも異常降雨は予測できなかったのだ。

これはわれわれも他山の石としなければならない。わが国の建設から60〜70年も経過し老朽化したダムは極めて危険なものもあり、早急な対策は言うまでもない。

偏った議論で河川整備を遅らせてはならない

以前、民主党政権誕生の時、『コンクリートから人へ』という、キャッチフレーズが一人歩きした。
しかしこれの本当の意味を理解していない政治家もたくさんいた。当時野党であった自民党も、この理念をあえて曲解し、与党である民主党攻撃に使った。

全ての公共工事が悪という、極めて短絡的な見方もされた。一部には『ダムは利権のための工事』などという酷い政治家もいたのだ(今だにいるが…)こうした低レベルの議論は、河川整備そのものを遅らせていく。

昨年の千曲川、そして今年の熊本県球磨川流域の堤防の決壊をはじめとする九州各地の大水害を見るにつけ、ダムを中心とした治水の重要性、そして流域の河川整備の遅れをいやというほど再認識した。

九州を襲った集中豪雨による球磨川の氾濫

専門家だけじゃなく全ての国民が、日本の河川の特性を十二分に理解し、河川整備を急ぐ必要があるだろう。異常気象は待ってくれない。

もりもと  なおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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