『寺島実郎さん…そして仙谷由人さん』
同じ政党になったことはないが、会えば必ず話しをさせていただいた。考え方に微妙な違いはあったが、とにかく仙谷由人さんと話しをするのは楽しかった。
たぶんウマがあったのかもしれない。

共通の知人に多摩大学学長で(財)日本総研の寺島実郎さんがいる。東京での寺島人脈は『仙谷由人を総理大臣に!』で、一致していたことを寺島さんから聞かされたことがある。
寺島さんと仙谷さんの食事の席にも呼んでいただいたが、グローバルかつ知的な話しのオンパレードに、田舎政治家の私など、いたく刺激を受けたものだ。
徳島の人があまり知らない仙谷さんの東京人脈は、まさに自民党の大物に引けを取らないキラ星の如くだった。
宮沢喜一総理が野党で最も信頼でき、有能な人物としてケータイで頻繁に連絡を取り合っていたのは有名な話しだ。
新生党時代の小沢一郎氏も仙谷さんをリクルートしたがっていた。
後藤田正晴元官房長官も高く評価していたようだ。

当然の如く民主党政権時代は官房長官などの重職で鳩山、菅、野田政権を支えた。
しかし民主の"負の部分"を一手に引き受けさせられ、世論からも"民主右代表"のように批判や攻撃に晒されたのは、あまりに気の毒だったと言わざるを得ない。
もし野田じゃなく仙谷さんが総理になっていれば、民主党の行方も少しは(かなり)変わっていただろうに。
私の知人の官僚たちでさえ『民主党政権で私たちときちんと政策の議論をしてくれる数少ないひとり。そういう意味では民主党政権批判の矢面に立たざるを得ないのは本当に気の毒だった』と、同情していた。
落選後、必ず再起するものと期待していたが、呆気なく亡くなってしまったのは本当に残念だった。

豊かな人脈を持ち、中央政界で堂々と活躍できる有能な政治家を、簡単に落選させてしまう徳島の選挙土壌に、いまだにガッカリしている。
仙谷先生とのツーショット写真が出てきたので、つい思い出してしまった。
もりもとなおき