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保守本流、大平正芳ら大蔵官僚が総理だった時代へのノスタルジー

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宰相になっても変わらず愚直だった大平正芳さん

好きな政治家を尋ねられたら『大平正芳』と答えてきた。見るからに愚直だった。演説は全く下手で、話しの途中、『あ〜〜』『う〜〜』で繋ぐので有名だった。
しかしこれは自身の立場を考え、絶対に間違えた説明をしたり、失言をしないよう、慎重に間合いを取り考えながら語っていたからだ。

大平さんの下手な演説を文章に起こすと、完璧で格調の高い論文のようだったと、当時の政治記者たちが語り継いでいた。

田中角栄さんとは深く信頼し合った絶妙のコンビ。日中国交回復はこの2人だからなしえたと思う。
とにかく毛沢東や周恩来を前にしても、この2人はたじろぐこともなく、堂々としていた。

池田勇人総理の脇を固めた大平、宮澤の能力の高さ

大蔵官僚の出身。当然、経済通だが、日中国交回復だけでなく外交にも偉大な実績を多く残している。

政界へは大蔵省の先輩、池田勇人首相の引きで入った。後に同じく首相となる宮澤喜一さんと、秘書官として池田総理の脇を固めたから、池田首相にとったら凄い側近だ。
秘書官が2人とも総理大臣になるんだから、池田首相の眼力も凄かったんだろう。

大蔵省出身の総理大臣は、戦後は池田勇人、大平正芳、福田赳夫、宮澤喜一と排出したが、もちろんいずれも経済のプロだった。池田さん以降、日本の高度成長時代を牽引し実現できたのも、彼らの偉大な功績だろう。

そして大蔵官僚じゃなくても彼らの力を最大限に引き出したのが田中角栄さんだった。

共産党議員の質問に『もっと詳しく教えて欲しい』と

池田勇人総理が誕生した時、"所得倍増計画"を高らかに打ち上げたのは、忘れられない。
子どもながら父親の給料が倍になるんだ。日本が豊かになるんだと、ワクワクしたことを覚えている。そして本当に現実となった。

この池田さんが見込んだ大平さんだから、間違いがある訳がない。

大平さんの誠実さを示すエピソードでこんなことがあった。共産党の代議士が質問の中でも貧しい家庭の話しをした時だ。

質問が終了後その代議士に『もう少し詳しく教えて欲しい』と尋ねてきたという。総理がこんな姿勢を示せば、当然、官僚たちは動いたはずだ。
敬虔なクリスチャンで戦後政界を代表する知性派だった。

1980年、衆参同時選挙のさなか倒れ、入院したがそのまま帰らぬ人に。写真は病室での代表による最後の会見。享年70才。壮絶な最期だった

知性なき政治家はもうたくさんだと、心から思う

官僚主義と言う否定的な言葉があるが、官僚と官僚出身の政治家が強烈な自負を持ち、日本を引っ張っていく時代もあった。彼ら自身がリーダーだから愚かな政治家に愚弄されることもなかったのだ。

パフォーマンスばかりの行動や挨拶、演説よりも、やはり政治家の自信に満ちた重い言葉を国民は望んでいる。

あ~う~と間に挟んでもいいから、釈明や言い訳がいるバカなことばは、遠慮したい。今こそ全ての政治家は大平正芳に学んで欲しい。

知性なき政治と政治家はもうたくさんだと、心から思う。

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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