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先輩に恵まれ、楽しく仕事を覚えた新人記者時代

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『記者稼業は最初に出会った上司、先輩の存在は大。私はラッキーだった』

20代の頃は何故かいつも微熱があった。37°前半だったから何となくかったるく、記者クラブの冷蔵庫には専用のアイスノンベルトを2本常備していた。病院へも行ったがどこも悪くはなかった。
それが事件現場へ行く時は俄然、何故か元気になる。毎夜遅く、夜の街に繰り出す時などはさらにパワー全開だった。

若いとはいえ恐らく慢性的な疲労だったんだろう。だいたい記者クラブのソファーでひと寝入りしたらシャキッとしたものだ。
毎日、朝4時に寝て、8時半には"県警本部に出勤"したから、私の昼寝はキャップの平野淳輔先輩公認だった。

もっとも毎夜、未明まで遊ぶ時もいつも平野先輩とは一緒だったから、2つあるクラブのソファーは、ほぼ平野さんと私の昼寝専用のようなもの。他社の連中は遠慮して直ぐに譲ってくれた。


昼寝もしたが仕事は誰よりもたくさんした。でも、新聞記者が"楽勝"なのは、本社のうるさい上司らに気を遣うことなく、こうして疲れた時は出先で昼寝ができたことだ。

とくにキャップの平野先輩は大らかな人だった。
『仕事中に溜まったストレスは仕事中に解消すべきや。ソープでも行ってきたら?』(笑)が先輩の持論で、仕事中にどんな息抜きをしても、何ひとつ文句も言わない。

他社の記者にも一目置かれる特ダネ記者になれたのは、平野先輩との2年間の自由な取材活動のおかげだった。

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

morimoto_ naoki72

森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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