超不潔でも名文家だったやっさんの存在感
会社に入って直ぐ、社会部の上司・やっさんに度肝を抜かれた。
何せ不潔だ。髪はぐしゃぐしゃだし、いつも無精髭だらけ。いつも下のチャックが開き、そこからシャツが出ていた。
自分のお金を下ろすためなのに、銀行のロビーでウロウロしただけで110番通報されたエピソードがあった。
かなり服装は怪しかったのかもしれない。やっさんはATMの使い方は知らなかった。
井端社長は"やっさんは社の財産"だと大切にした
社会部のデスクだったが、原稿の下手な先輩らには厳しかった。
その年齢で早稲田の英文だか仏文出身だからかなりの文学青年だったんだろう。
でも文章はうまいがデスクとしての仕事に時間がかかり過ぎ、スピードが不可欠な社会部デスクには不向きだったのかもしれない。
事件への対応は苦手みたいだった。
マイペースだから先輩や他のデスクはブーブー言ってたが、何故か井端社長はかわいがった。
私が社長に尋ねたところ『やっさんは社の財産なんだ。あれだけの名文、誰が書ける』と。
同じく名文家だった井端社長は気持ちが通じたのかもしれない。
名文家のやっさんをいつも泣かせた私の社会面雑感
それはともかく、私の自慢は実は新人時代、この名文家のやっさんを何度か泣かせたことだ。
イジメた訳ではない。他のデスクの話しでは、私の原稿、社会面雑感に手を入れながらも心揺さぶられたのか、不覚にも何度か泣いていたらしい。
だいたい社会面雑感は悲惨な事件、事故の背景や人間の心模様を書く。やっさんは私の原稿に気持ちが入りこんでしまったようだ。
『こいつの書き方が泣かす』と言い訳していたらしい。
"名文家のやっさんを泣かせる新人記者"として、私の値打ちは格段に上がったから、その点、やっさんには感謝はしている。

破滅型の人だっが、エピソード数知れず
何せ破天荒というか破滅型の人だった。突然、何百枚にも及ぶシェークスピアの大論文を書いてきて、新聞に載せろと部長らに駄々をこねたこともあった。
これを井端社長はきちんと読んであげていたが、やっさんはそれで満足していた。
何かで発表したら良かったのにと今更ながら思う。
当時は原稿は手書きだからデスクの机は紙くずだらけだ。突然、やっさんの机から火が出る時もあった(タバコに火をつけたマッチが原稿に燃え移り…)
新聞社には1メートル四方以上のゴミ箱が机の近くに置いてあるが、ドサッ!という音がするので見たら、やっさんが仰向けになって入っていることが何度かあった。イスから落ちたんだろう。
超美人の奥さんは母性本能をくすぐられたのだろう
一度、阿波踊りの街で再婚した奥さんを紹介されたが、とにかくびっくり!なんでやっさんにこんな美しい人がと。
2人でお揃いのかすりの着物を着ていたが、やっさんのニヤケた顔を実は初めて見た。
やっさんが亡くなるまで奥さんはとことん尽くしたと聞いたから、母性本能をくすぐったんだろうなと思う。
今、新卒だったらやっさんはどこの会社も新聞社も絶対、受からない。
やっさんが一目置かれたのは、いい時代というよりも、社会に心のゆとりのある寛大時代だったんだろうと思う。
そういった意味で今の殺伐とした社会はたくさんの才能を潰している。
もりもと なおき