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平成の30年に感謝し、『令和』が良い時代になることを祈ります

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慌ただしかった平成の初日

昭和最後の日、私は新聞社で宿直だった。そして明けて共同通信の速報で上司や同僚を呼び出し『天皇陛下 崩御』の号外準備、発行し、慌ただしく平成がスタートした。

 

平成元年(1989年)はいったいどんな年だったんだろう。まず一番に思い出すのは消費税がわが国で初めて、3%でスタートしたことだ。

庶民的には増税時代のスタート。導入した竹下登首相はリクルート事件もあり、間もなく退陣。政治的には怒涛の幕開けとなった。
このリクルート事件は政界に広がり、何人もの"総理候補"が沈没した。世論とメディアが今と違って、きちんと政治を監視できていた時代でもあった。

街にはプリンセスプリンセスのDIAMONDが流れる中、子どもも大人も任天堂・ゲームボーイに熱狂したのもこの年だ。
令和では皇位継承2位となる秋篠宮殿下が学習院大学時代からの恋人、川島紀子さんと結婚という慶事もあった。

銀行や郵便局が週休2日制を取り入れたのもこの年から。土日休日は多くの企業に拡大していった。

流行のファッションは、若者に"渋カジ"なるものが、女性はロングのフレアスカート、男性はイタリア系のソフトスーツが流行した。
10代からトラッドを通している私としては、なんとも馴染めないファッションばかりだったが。

巷では『一杯のかけそば』なる物語が話題になった。親の愛情に涙する人もいたが、『偽善的な作り話し』と、嫌悪する人も多かったようだ。

ユーノスロードスターというMAZDAのスポーツカーも大人気に。それまでスポーツカーと言えば高価で庶民には手が届かなかったが、デザインのスマートさに加えてリーズナブルな価格が人気を呼んだ。

忘れられない嫌な事件も

忘れられない事件としては東京足立区で『女子高生コンクリートづめ殺人事件』が発生。犯人は全て未成年。少年法のあり方が議論を呼んだ。
また宮崎勤(死刑執行済み)による幼女誘拐殺人事件では4人の幼女が宮崎に弄ばれたうえ殺害され、社会を震撼させた。
オウム真理教事件が明らかになったのも、この年だった。

ソフト警衛警護に天皇陛下のお気持ちを感じた

実は天皇皇后両陛下にとっての初の行幸が、わが徳島県神山町で平成元年5月に行われた全国植樹祭だった。
私も当時は記者として取材したが、両陛下が醸し出す温かな雰囲気が会場を包んだことを、昨日のように覚えている。

大きく育った陛下のヒノキ(徳島新聞より)

テレビの特集で両陛下が多大な犠牲者を出した沖縄県に計11回も訪問された足跡を追っていた。
また第二次大戦の敵国であり、日本の天皇に厳しい目を向けていたアジアや欧米諸国を自らのご意志で訪問したお姿に感銘を受けた。

天皇陛下は退位について『継ぐひとが新しい象徴のあり方を補っていけば良い』
と、皇太子殿下に思いを繋がれた。

令和が平和で全ての国民が暮らしやすい国になることを切に願いたい。
両陛下にはこれからは穏やかに、お健やかにお過ごしいただくことを心からお祈りします。

もりもと なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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