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政党を超越、沖縄に生きる政治家として闘った翁長さん、命尽きる

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沖縄デーを知ってますか?


4.28沖縄デー。今の人たちは知らないと思うけど、1952年の日米講和条約で沖縄が正式にアメリカに引き渡され、日本から引き離された日。それで4月28日はもう一度、沖縄を日本に取り戻そうとの願いを込めて沖縄デーとなった。

だから60年〜70年の学生運動は、6.23反安保闘争10.21国際反戦デーと合わせ、アメリカ帝国主義から沖縄をチカラで取り返す『沖縄奪還』が闘争テーマだった4.28沖縄デーが、最も大切な行動日だった。

70年の沖縄デー・東京

私も高校3年生の時、友人に誘われ、名古屋の久屋公園で開かれた4.28沖縄デーの集会に生まれて初めて参加したのが沖縄との初めての関わりだった。

1972年に悲願の復帰となったが、沖縄は、沖縄で暮らす人々の生活は果たして変わったのか?との思いがずっとあった。


保守政治家だからこその沖縄への思い体現


沖縄県知事は復帰後、7人が務めたが、私は翁長知事への思いが一番、強い。共産党系や旧社会党系でもなく、市議、県議、那覇市長時代は一貫して自民党所属。党幹事長も務めたから、間違いなく保守政治家だ。そして"転向"した保守政治家が政府と真っ向から対立し闘ったから、翁長さんには沖縄の心と思いをいやというほど感じたのは、私だけではないだろう。

知事当選以来ずっと名護市辺野古への普天間基地の移設を巡り、安倍政権と激しい攻防を繰り広げていた。死の直前まで諦めなかった辺野古の海を守るためのあの壮絶な闘いは、イデオロギーなど遥かに超越したものであったと、確信する。

辺野古の海

自民党の後の民主党政権。結局、どこが政権をとっても沖縄の抱える問題の根幹は、何も変わらなかった。本土の人々の考えかたも何も変わらなかったじゃないかと、翁長さんはがっかりしたはずだ。

そして沖縄の政治家として、"もう政党政治に翻弄されるのはやめる。沖縄のために自らが命をかける"知事選挙であり、知事就任だった。

安倍政権と闘い続けた4年間。筆舌に尽くしがたいストレスが癌という形でからだを蝕んだのかもしれない。

心からご冥福をお祈りします。

もりもと なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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