未分類

政治を捨て白州の大地に生きることを選択した友人の生き方

投稿日:

憧れるのはた易いが、素人の挑戦は跳ね除ける農業という仕事

土に戯れ、太陽に戯れ、大自然を相手に仕事をするのが農業だ。
こんな生き方に憧れる人は多い。しかし一朝一夕にはいかないのも農業。
大人になってから初めて取り組んでも、苦労するだけかもしれない。

私の後輩の小斉太郎君は東京都港区で区議会議員をしていた。連続3期、いつも上位当選だった。

そして好機到来とみて国会議員に挑戦…しかし思うようにはいかなかった。

何を思ったか新しい生き方を求め、山梨県の南アルプスの麓、北杜市に新天地を求め、旅立った。

農業従事者として生きるためだ。そしてそれ以上に、一人息子を大自然の中で育てたかったという。

政治が仕事だった頃の小斉君

東京赤坂の住民から南アルプスの麓で生きる父子がいた

驚いた。私は彼のこれから山梨県での数年が簡単に想像できたから、止めた。もう一度区議に戻れと。

そして言葉にはしなかったが『大都会しか知らない君には農業は絶対、無理だ。カッコつけるな!』と、言いたかった。

しかしすでに6年目。決してまだ順調とは言えない農業への取り組み、息子2人との慎ましやかな生活。時には惨めな話しだってある。

この男の凄いところは包み隠さずそれをブログやフェイスブックに晒している。まるで自らに言い聞かせ、退路を断つかのように。

日本の東京のど真ん中。港区赤坂在住だった。家庭菜園さえしたことはなかったはずだ。

40の手習いというにはあまりに無謀な挑戦だったが、苦しみながら早、6年も経ったことに驚いている。
農作業用の倉庫や納屋のある自分の城も手に入れた。

田植えをする小斉君
小斉君の田んぼから八ヶ岳を望む

プロは真っ直ぐなキュウリを作らなければならない

家庭菜園と農業は似て非なるもの。両者には遥かに大きな距離がある。

専門家に話しを聞いたがなるほどと思うキュウリの話しがあった。

例えば家庭菜園ならばごく普通の大きく曲がったキュウリは、農家だと100本のうちせいぜい1本か2本だ。

曲がったキュウリ1本で、箱詰めの時、4~5本入らなくなるロスが発生する。
このため取り除くが曲がったキュウリが何本も出ると、積もり積もって損が大きくなる。

だからプロの農家はまっすぐなキュウリを作るために努力する。
この話を聞いた時、その小斉太郎を思い出した。

ここではキュウリを例に挙げたが、全ての野菜づくりに共通する話しではないだろうか。
小斉君はちゃんとできているのかと。

実は小斉太郎のこの一文を読んだ時、寒冷の地で農業を志した彼の覚悟を知った(以下は一部抜粋)

今、政治の世界を離れたことに後悔は全くありません。むしろ惰性で今の政治に関わらなくてよかったと思っています。生活を維持するため(報酬を得るために)に当選し続けなければならない、という環境になった瞬間、権力を追及する刃(やいば)は確実に鈍ると考えていました。
今は、地面にしっかり足をつけて生き、いざという時に戦いに駆けつけられる資格のある人間でありたいと思っています。

都会人としての知恵を期待する

小斉君が農業従事者として成功するか否かは私は分からない。でも東京人としての知恵をあと少し絞り、白州の豊かな恵みを大都会に届けるべく使者にはなれるだろう。

小斉君が生産した無農薬野菜


"早稲田に学んで波風受けて  行くぞ男のこの花道を  人生劇場いざ序幕"

歳は食ってるが、小斉太郎の新たな人生はまだ序幕だ。
また皆さんの知恵を彼に貸してあげて欲しい。

こさいたろうでFBに繋がります。

もりもと  なおき

  • この記事を書いた人

morimoto_ naoki72

森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

-未分類

Copyright© 森本尚樹の"社会面の作り方" , 2019 All Rights Reserved.