学生時代、共同通信社の政治部で2年近くアルバイトをしたが、記者たちの夜食を注文するのが楽しみだった。
バイトは常時5〜6人が国会議事堂や官邸の目の前の国会記者会館にいた。
大学生や大学中退の連中が10人ほど登録されていたが、早稲田や明治、日大、法政の学生たちだった。

夜、9時半を過ぎると国会内や霞ヶ関の諸官庁のさまざまな記者クラブに所属する記者たち数十人が一旦、現場デスクのある記者会館に引き上げて来る。
で、1時間くらい情報交換をしたり大物政治家の私邸などに夜回りに行くため、時間潰しをしたり。
当然、皆んな晩飯はまだだから夜食がいる。この夜食注文はバイトに任されていたから、われわれが好きなものを注文した訳だ。
国会の最寄りは赤坂だから高級店はいっぱいだ。何でもある。
記者たちが簡単に口にできるようにと握り寿司をとることが多かったが、口の肥えた当時の政治部の連中だ。当然、高級店を選んで注文していた。
いつも握りを30〜40人前頼んだが、皆んなバタバタしてるからそれほど食べない。残りというか半分はわれわれバイトがいただいた。

ウニの大好きな岩田というヤツなどは注文する時に『ウニを多めにお願いします』と。貧乏学生で頻繁に赤坂の高級店の寿司を食べるのは僕たちくらいだったと思う。
私が好きで中華弁当もよく頼んだ。もちろん○○飯店という高級店のものだ。チャーハン、青椒肉絲、酢豚、焼売などが詰められていた。
これもバイトが1人2個は食べ、朝飯用に一個は持ち帰れるくらい注文した。
こんな話しをかなり前にずっと歳下の共同通信の記者に話したら、今はそんな夜食はあり得ないと。質素なものらしい。
朝駆けをする記者は朝が早いからホテルをとったが、指定するのはたいてい近くの超高級なオークラかキャピタル東急だった。
これも今はあり得ないという。泊まる場合は本社の宿直室の二段ベッドとか。

3年前、バイト以来、40年余ぶりに訪れた国会記者会館
夢のようないい時代だったのだろうか。
記事は今の何十倍も鋭かったから、一概に『堕落してた』とは言えない。
もりもとなおき