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新聞記者はヤクザも同じと言われた時代こそ、新聞の黄金期だった

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『新聞記者はヤクザも同じなのか…』

私が県議会議員選挙に初めて出馬した時の出陣式だ。多くのチェーン店を展開する徳島の最大手スーパーマーケットの副会長(故人)が応援演説に立ってくれた。

元々、言いたい放題、毒舌が売りの方なので少し嫌な予感がしたが、流石に選挙の出陣式だ。褒めてくれるに違いないと安心していたが、いきなり腰を抜かしそうになった。
私の紹介の中で私の前職が新聞記者だったことを挙げ、いきなり
『新聞記者といえばヤクザも同じ。いわば世間の嫌われものですわ!』と。(汗)

500人くらいの人が参加してくれていたが突然、水を打ったように一瞬、シーンと。そして笑い声に変わった。
副社長は会場の雰囲気から直ぐに意味の説明をしてくれた。要するに『新聞記者、特に候補者のような事件記者は仕事柄、敵も多い。だから私たちが全力で支援しないと当選はおぼつかない』とフォローし、大きな拍手が湧いた。

"新聞記者はヤクザも同じ"と言われた時代は確かにあった。しかしながら"ヤクザと同じ"と言われた時代の方がジャーナリズムは生きていた。

朝毎読の三大新聞や通信社などに入った団塊世代、私の少し先輩などは全共闘OBがゴロゴロしていた時代だ。彼らの毅然とした勇気ある取材活動が"ヤクザと同じ"時代を支えたのは間違いない。
ある意味、新聞ジャーナリズムの黄金期だったと思う。権力と闘いこそすれ忖度報道などという情けない言葉さえなかったのだ。

例え下品で粗野でも、『新聞記者はヤクザも同じ』と言われた記者が強かった時代と職業に、私は誇りを感じている。
(写真は私がヤクザと同じだった頃 笑)

  • この記事を書いた人

morimoto_ naoki72

森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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