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最後に躓いた山田真貴子さんの"心の緩み"とは

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総務省(旧郵政省)入省以来、常に女性初のポストを歴任し、順調に出世の階段を駆け上がった。そして内閣広報官という重量ポストに天下ってわずか半年での官僚人生初の挫折。山田真貴子さんは『心の緩みがあった』とうなだれた。彼女の心の緩みとは何だったのか…

東北新社との接待も、もちろん断らない女だった

菅首相の長男正剛氏が勤める東北新社と、総務省幹部への会食接待が週刊文春にスクープされた。
複数の官僚の名前が上がったが、山田真貴子さんは総務省審議官時代、ひとり当たり7万4千円もの豪華接待を受けていたことが発覚。総務省と東北新社ズブズブの関係の象徴となってしまった。

若い頃の山田さんの写真を見た。現在も充分、魅力的だがかなり可愛いのだ。
今回の一件では彼女が若い女性たちに送ることばとして『私は絶対に飲み会を断らない女だった』が有名になり、いろいろ揶揄された。しかし当時の男社会の中、相当頻繁に飲み会に誘われたことは彼女の若い頃の写真を見て容易に推察できた。

女がいなかった霞ヶ関に飛び込んだ早稲女の挑戦

彼女は早稲田大学出身だが、この年代なら霞ヶ関のキャリア官僚は8割が東大OBの時代だ。早稲田出身でキャリア官僚になること自体、少なかったし、女性はゼロに近かった。

こんな中、官僚を目指したのは早稲女(ワセジョ)の面目躍如と言わざるを得ない。

だからここまで出世するには人に言えない女性ゆえの苦労があったのは間違いない。しかしどの職場へ異動しても常に紅一点。常に"女性初"のポストに就き、出世の階段を駆け上がってきた。

チヤホヤされ、ぶりっ子だったとの証言も

霞ヶ関の知人の話しでは、若い頃はいつもチヤホヤされ、早稲女に似合わずぶりっ子だったとか。
周囲の引き立ては間違いなくあったのだろう。というより女を差別せず、正当に評価し引き立ててくれる人物に、自ら接近してきたのかもしれない。

このためにも、飲み会を絶対、断らない女は彼女の出世の武器であったのは、間違いない。
かなりの酒豪だという。でも一切乱れない。霞ヶ関ではこれも出世の条件なのだ。でないと気合いだけでは"断らない女"にはなれない。

".チーママ"と呼ばれ人気と信頼集めた世田谷区副区長時代

こんなエピソードがある。42、3才の頃、世田谷区に副区長として出向したが、"区役所のチーママ"と呼ばれ職員に人気があった。

酒豪ゆえのニックネームだろうが、仕事は完璧で信頼感があり、区長に推す具体的な動きもあったほどだ。

有馬キャスター更迭となるNHKへの圧力は菅への忠誠心

退官後の内閣広報官では有馬キャスターの件でNHK幹部を恫喝し、有馬さんを更迭する原因をつくったといわれる。政権に批判的な東京新聞は一度も指名しなかったという広報官としてはあるまじき"偏った剛腕"も見せた。

内閣広報官として菅首相には忠誠心を見せたが…


これも全てこれまで自分を引き立ててくれ、内閣広報官に抜擢してくれた菅首相への忠誠心だろう。もちろん広報官としての偏った采配も、菅首相の意を受けていたのはいうまでもない。

山田さんが急激に出世したのも菅首相が総務大臣となってからだ。彼女には目をかけ『必ず次官にする』とまで言っていたとか。

安倍政権時、女性で初の総理大臣秘書官に推薦したのも菅官房長官だし、最後は事務次官ポストの総務審議官まで出世した。

初の女性首相秘書官にも任命された

バックに総務省のドン、菅氏がついているとの自信

菅首相こそ総務省のドンだった。本人が自慢しているように自分の考えに従わない者は容赦なく左遷したといわれる。人事を盾に省内に恐怖政治を引いていたのは良く分かるし、職員はそう思って仕事したはずだ。

そして逆に菅に気に入られた者は職務遂行上も、出世のためにも大きな後ろ楯になったに違いない。接待を受けた幹部は菅側近ばかりだったといわれる。

そしてとりわけこの菅大臣、菅官房長官の寵愛を受け総務審議官まで上り詰めた山田真貴子には、怖いものは何もなかったはずだ。

彼女が衆院予算委員会で口にした『心の緩み』こそ、"私のバックには菅さんがついている"という、自信ではなかったんだろうか。

その自信が公務員倫理規程が頭から抜け落ちてしまう結果となったのかもしれない。

もりもとなおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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