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東京での部屋探しに心折れた日々。今の学生は部屋探しは羨ましい

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わが地元を有名な不動産会社の営業車が走り出すともう春だ


家の近くに国立の徳島大学がある。
ここの学生のマンション、アパートを一手に引き受けているのがC社という県内最大手の賃貸会社だ。

センター試験が終わり本番の二次試験が終わった日からが、部屋探しのかき入れ時。
入学予定者らは少しでも良い物件をと、このC社の案内カウンターに殺到する。

徳島大学もC社本社も我が家の近くなので、このCとボディに描かれたクルマが、物件を案内するために学生やその親子を積んで近所を走り出すと『ああ、もう春だなぁ』と。
まさに地元民にとって季節感満載の春一番みたいなクルマだ。

このクルマを頻繁に見かけ出すと、春の訪れを実感する

物件の下見にクルマでの送迎などなかった頃

最近の学生たちは幸せだ。知らない土地で住む所を探すのは大変だが、こうして不動産業者が物件まで何度でもクルマで送迎してくれる。

古い話しで恐縮だが、昔はまず部屋探しが東京生活のスタートであり、最難関だった。

今思い出すとまず大学近く、あるいは最寄り駅近くの学生相手の不動産屋さんを覗く。壁にいっぱいアパートの案内が貼ってあるから吟味する。
だいたい相場は畳1枚2500〜3000円。主流は4.5畳でガスコンロ付きだがトイレは共同、風呂はある訳もない。敷金礼金ともに2ヵ月というのも厳しかった。

足が棒になり、心折れた東京での部屋探し

高円寺、阿佐ヶ谷、中野、吉祥寺など中央線沿線は人気スポットだが、私のような貧乏学生はまず住めない。自ずと西武沿線、それも高田馬場駅から遠い駅しか予算的に無理だった。

それはともかく、自分にふさわしい物件を2〜3紹介してもらってからが大変。物件の最寄り駅、住所だけを頼りにひとりで下見に行く。

住宅街だと道が分からない。駅から5分と言っても迷いに迷い1時間かかることも。やっと辿り着いたらアパートはやかましい線路際だったり。3つ目の物件に向かう時は完全に心折れ、泣きたい気分だった。

初めての部屋は上井草から5分、3畳しかなかった

初めて住んだのは練馬区下石神井、西武線上井草駅から5分、3畳の部屋で家賃は7700円だったのを覚えている。

この商店街を抜けると初めて住んだ3畳のアパートが


炊事場も共同で、夜中によく別の学生たちとインスタントラーメンを作りながら話しをした。

西武沿線という土地柄、早稲田の学生と、早稲田を目指す予備校生ばかりだったが、みんな貧乏なのに妙に志しだけは高かったのを覚えている。

もりもと  なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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