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梓みちよ死去。こんにちは赤ちゃんは高度経済成長の幕開けを告げた

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この歌で緑のインクで手紙を書くのをやめた


学生時代、ペン先の柔らかいペリカンの万年筆に、緑色のインクを入れて使うのが好きだった。
そんな時、この歌が流行ったから、このインクで手紙を書くのを慌ててやめたのを覚えている。

緑のインクで〜手紙をかぁけば〜♫
それは〜さよならの〜合図にな〜る〜と〜♫

喜多條忠作詞、吉田拓郎が作曲、そして梓みちよが歌った『メランコリー』という名曲だ。当時のゴールデンコンビが作った歌だ。流行らないはずがない。そして梓みちよに最高に合った名曲だった。

童謡みたいな歌謡曲だった『こんにちは赤ちゃん』

歌手、梓みちよさんが亡くなった。先月29日、自宅で亡くなっていたのをマネージャーが発見したという。

年齢的にもわれわれの少年時代から青年時代にかけ、梓みちよの歌は人生を彩ってくれた。そして東京オリンピックから日本の高度成長時代とともに生きた歌手だった。

子どもの頃のテレビ黎明期。NHKの良質なバラエティー番組『夢で逢いましょう』で梓みちよが童謡みたいな『こんにちは赤ちゃん』を歌ったことを、かすかに覚えている。

当時、梓みちよはまだ10代。今なら完全にアイドル年齢だ。

梓みちよの歌が高度経済成長時代を告げ、見届けた

そして『二人でお酒を』『メランコリー』という大人の歌を次々にヒットさせた時は、こちらも大人になっていた。

日本語訳で歌ったアメリカのヒット曲、田辺靖雄とのデュエット『ヘイ・ポーラ』『リリーマルレーン』も忘れられない。

今思えば日本の高度経済成長は『こんにちは赤ちゃん』から始まり、『二人でお酒を』は日本経済の成長期だった。
まさに昭和を代表する歌手でありスターだった。享年76才。心からご冥福をお祈りします。

もりもと  なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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