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死とは虚無の世界なのだろうか?

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『意識を失った時、私が見たまばゆいばかりの美しい空間は何だったのか⁈』

癌闘病の取材を受けた時、私の死生観について記者に少し遠慮がちに尋ねられた。さすがにステージ4の癌患者には質問しづらかったのは分かる。

私は彼に言ったのは『貴方は昼寝する時、夜ベッドで眠る時、"怖いなぁ"って思う?』と答えた。酷い苦痛が伴わなければ、死んでいくのも眠るのと同じじゃないかなと。

ただ家族と別れるのは寂しい。そして自分が居なくなっても吉野川の雄大な流れのように変わらぬものがある。これが少し悔しいかなと付け加えた。

死後の世界については古今東西いろんな定説があるが、身近に見た人はいない。当然、あったらいいなとは、思う。
またそこで親やきょうだい、友人、可愛がっていたペットらと再会し永遠に幸せな時を過ごせるなら死ぬことに何ら寂しさ、恐怖心はなくなる。

しかし私は石原慎太郎さんじゃないが『死=虚無』との考えが私の中で"多数派"を占めている。
つまり死は自分の肉体も魂も全て無になるのではとの考え方だ。

様々な宗教感や『死後の世界』の存在は、死への恐怖心を拭うためのものではないかと考えるのだ。

いろんな体験談はあるがほとんど似通っているのは、生死を彷徨った時に生前聞いた話しに準ずる夢を見るんじゃないんだろうか。

実はごく少数の友人にしか言ってないが私は当初、抗がん剤の激しい副作用で自宅で意識を失い、ICUに運ばれたことがあった。
かなり長いあいだ意識が飛んでいたが、その時に夢を見た。

自分が目くるめくような美しくまばゆいばかりの空間でひとりぽつんといたのだ。そこには誰も迎えにも来ていなかったし、『まだ早い。来るな!』と言う親もいなかった。

そしてドクターの『森本さん!起きて!』の大きな呼びかけで目が覚めた。
コロナ禍で、身内でも面会できないはずの女房がコロナの防護服を着て枕元にいた。病院から連絡があり呼ばれたらしい。

私が見たまばゆいばかりの美しい空間は果たして夢だったのか?それともあの世に繋がる異次元の空間だったんだろうか?
(私がいたICUの部屋)

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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