新聞記者から牙を抜き、彼らを企業広報マンのようにサラリーマン化してしまったのは、記者クラブの存在だと思う。その『記者クラブ』の弊害が言われて久しい。
国会、全ての省庁に
新聞、テレビの取材対象となる政治、行政、経済団体の関係先には、中央も地方も記者クラブが存在する。例えば国会関係なら自民党担当が平河クラブ、野党担当が野党クラブ、官邸クラブと言われる内閣記者、衆参両院記者クラブなどがある。
各省庁や経団連など経済団体、東京証券取引所、JR東などにも全て記者クラブがあり、在京の新聞、放送や北海道新聞のようなブロック紙、業界紙が名を連ねている。
国会取材の前線基地、国会記者会館
内閣記者会の官房長官会見
都道府県にも
都道府県でも県庁、都道府県教委、警察本部など、主要都市も必ず市政記者クラブが入っている。
地方の警察本部の記者クラブには地元紙、放送局のほか、大手メディアの新人記者たちが配属され、記者のイロハを学ぶことになる。
フリーランスを締め出し
記者クラブの弊害については、公式取材から閉め出されるフリーランスの記者たちが、よく口にする。クラブメンバー以外の会見への参加をクラブとして拒否するケースも多く、フリーランスから取材の機会を奪う。そして結果、政治や行政と癒着しているというものだ。
記者クラブそのものは単なる親睦団体だが、時にはメンバー以外の報道機関、記者に異常な排他性を見せるのは、元記者の私も理解できない。
こんなことをするから嫌われる?
大切な情報、伝えるメリットも
しかしながらメリットもある。関係団体が国民に知らせなければならない情報をクラブに提供。それが新聞、テレビを通じて国民に伝わるからだ。
『情報の垂れ流しだ』との批判もあるが、まともな記者はきちんと取材し、おかしな部分、国民の利益を損なう部分についても伝える力はある。
なぜサラリーマン化してしまうのか?
それは記者クラブにいさえすれば、例えば省庁であれば、大量の発表ものを連日、提供してくれる。それを記事にしていれば日常業務をこなした形になるからだ。各社横並びで特落ちすることもない。
その結果、時間もなくなり、独自ネタ=特ダネを探す努力も怠ってしまう。取材力はもちろん、記者としての闘争心も次第に消失していく。
本来の役割取り戻せ
記者クラブの本来の役割は、役所などの広報係ではない。行政などが国民の利益を損なうことのないよう、監視することだと、私は認識している。そういう意味で記者諸君は相当、クラブのお陰で力を失ってしまったんじゃないか。
逆に役所などの優秀な広報担当は、記者たちが役所のアラ探しをしないよう、役所にとって都合の悪い記事を書かないよう、彼らが興味を引くようなネタをどしどし提供することに尽きる。
情報化社会。洪水のようにお役所からニュースが提供される。しかしそのおかげで記者の取材能力が落ち、国民にとって大切なニュースが届かないとしたら、記者クラブの罪はあまりに大きいかも知れない。
もりもと なおき