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皆んな公平に幸せだった僕らの時代の夏休み

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『幸せだった僕らの夏休み』

毎日、毎日、麦わら帽子を被って朝から遊び呆けた。飽きもせずカブトムシやクワガタ、セミを追いかけて野山を走り回った。
午後は学校のプールか川で遊び、川では水中メガネでさかなやザリガニをとった。深みにはまり溺れかかったこと数知れず。


たまに入道雲の合間から夕立に逢い、びしょ濡れになりながら帰ったら、母親がスイカを切ってくれた。アブラゼミの鳴き声を子守唄に少し昼寝をした。


夕方は自分の背丈より高い向日葵の咲いた庭や、家の周囲に水撒きをするのが子どもの仕事だ。ついでに金魚の水槽や銭ガメの甲羅も洗ってやった。
そして晩ご飯を食べたらきょうだいで花火をし、絵日記を描いたら8時半には寝ていたような…
僕らの時代の長い夏休みのごく平凡な1日。ディズニーランドやUSJはなくとも、皆んな公平に幸せだった。

吉田拓郎の名曲『夏休み』そのものの僕たちの夏休みの生活。拓郎さんと大きく世代は変わらないから、僕らも歌詞の通りだった。
恐らく当時は地方も東京も、そんなに夏休みの子どもの暮らしぶりは変わらなかったと思う。
東京にもたくさん自然は残っていたから、みんな海や川で遊んでいたのだ。

コロナ禍に加え、昔は考えられなかった連日の酷暑で外で遊ぶこともままならない。そして一部の子たちは塾の夏期講習もある。

いったいいつ誰が、子どもたちからあんな幸せな毎日を奪ってしまったんだろう。
(川で遊んでいた夏休み。右から石田君、河辺君、俺。河辺君の後ろに柴田君がいる。仕掛けをして魚を獲った)

もりもとなおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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