相変わらず大労組幹部らの既得権益だった立民、国民の比例議席
あいも変わらずだ。比例区を見ると立憲民主党は当選8人のうちなんと5人、国民民主もわずか3人の当選しかいなかったが、全員が産別大労組の役員、専従だった。

当選者の経歴をみると立憲が自治労、日本教職員組合、私鉄総連、情報労連、日本郵政グループ労組。
国民は電力総連、UAゼンセン、自動車総連。もちろん、全員、当選した。
確実に議席を確保する為、さらに比例票を増やすためには致し方ないのかもしれない?いや、全然そうは思わない。
なぜそれが組合の幹部や専従になるんだろう。もっと魅力的な候補を探し出し、各産別で応援したらいいんじゃないかと思う。
参院の議席が労組役員や専従の既得権に成り下がっているから疑問に感じるのだ。
大労組幹部に既得権を与えるのをいい加減に止めろと言いたい
自民党に対抗する勢力として、立憲民主党には当然、期待している。しかしながらこんな状態で、多くの国民の人気を集めることができるのか。
各産別も仲間が出ているから応援し、当選していると思っている。
しかし本当にそうだろうか。自らが支持の広がりをなくしているように思えてならない。
産別毎に組合員以外の候補を立て、支援してあげれば、組合以外にも支援の輪は広がるんじゃないのか。
私自身、候補のプロフィールを見て自治労だの情報労連だの電気なんちゃらなどみたら、正直、一瞬にしてその候補への投票意欲はゼロになる。

感動する選挙をしないと、大衆の心はまず掴めない
何せ選挙に感動がない。産別など当選が当たり前だからだ。
選挙の感動とは。例えば東京選挙区。4時間も5時間も最後の1議席を巡り3人が横一線。最後に音喜多氏に当確がついた時の本人や支持者、そして投票した人たちの感動。
比例など朝の8時に柴田、柳ヶ瀬両氏の当選が決まった。これがやはり応援するものを熱くする。そして次に繋がる。
今回のれいわ新撰組の山本太郎の闘いを見たら、熱い闘いは市民の共感を得る、そして心を掴むことがわかったと、思うが…
特定政党を大労組が支援する。対資本という意味では昔は当然だった。しかし今は連合幹部が『消費税を予定通り上げてください』と、平気で政府にお願いにいく時代だ。こんな支援団体が候補者まで作るのはやはりおかしい。
安倍一強の一番の貢献者は、自分らであることを立憲民主こそ自覚を
多くの市民が嫌うのは、既得権益だ。これにいい加減に気づかなければならない。
メディアはは立憲民主党が躍進したとするが、3年前、政党がなかっただけのこと。2年前の衆院選と比べると、なんと300万票も減らしているんだ。
これだけ市民感覚から離れた政党が中心では、政権交代など夢物語。安倍一強を強固にしてるのは、自分たちだと自覚すべきだ。
立憲民主党もうかうかすると次の衆院選は、野党の主役は山本太郎ひとりに取って代わるだろう。
もりもと なおき