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社学が政経と並ぶ看板学部に!早稲田の杜の下克上

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『早稲田の下克上!政経と並んだ出身学部社学の超難化は嬉しい反面、残念でもある』

早稲田に学んで波風受けて
行くぞ男のこの花道を
人生劇場いざ序幕

憧れの早稲田に入り、大隈講堂を眺めた時、目頭が潤んだし、自分の人生劇場がまさにこの時、幕開くような感じがした。

早稲田の文系学部は足掛け3年、看板学部政経から比較的易しい教育まで受験し全落ちだった。

最後の年は先に法学部に入学していた親友の鈴木のマー坊の勧めもあり、偏差値が低く、かなり入り易いと言われていた昼夜開講学部の『社会科学部』を初めて滑り留めにした。

さすがに楽勝で合格だったから、憧れの早大生にはなれたのだ。

あと、吉永小百合や田原総一郎、タモリなどが在籍した第二文学部(夜間)も受ければ合格しただろうし魅力的だったが、こちらはやめた。

当時の早稲田の政経学部や法学部、理工学部は東大との併願者が今より圧倒的に多く、とにかく難しかった。

東大入試中止も手伝い、少し上の団塊の世代の先輩らが、とてつもなく難しくしてしまったのだ。

政経、法、理工などは学生の半数以上が東大落ち(岸田総理も)だったから、そのレベルの高さは押して知るべし。
反面、東大に落ちたことがずっとコンプレックスになり、早大ライフを楽しめない根暗なヤツも多かったようだ。

その点、社会科学部(通称社学)は、成績は悪いが理屈抜きに早大生になりたかった熱烈な早稲田ファンばかり。
受験秀才はいないが人生劇場や青春の門的なパワーある学生が多かった。
その意味で大学当局がこうしたファンのための"穴場"を作っていたのは早稲田の真骨頂だろう。

でもあれから半世紀。早稲田の杜は完璧に"下克上"が起こっていたのだ。

あの我らが最下位学部・社会科学部がなんと"河合塾模試最新ランキング"でトップに踊り出た。


週刊朝日なども『今や政経と並ぶ看板学部』と位置づけているからびっくりだ。


もう早稲田受験のセーフティーネットにはならないのだ。

何とも感慨深いし何故こんなことにと思うが、本音は政経や法、商、文学部の連中に対し『ざまあ!』の気持ちは否めない。

鈴木のマー坊は『森本たちが社会に出て頑張ったからステイタスが上がったんだよ』と、プライドの高いはずの法学部OBとしてはあまりに謙虚だ(ホンマにいいヤツだ)

マー坊の評価も少しは真理だが、一番の理由は昼夜開講から完全に昼間学部になったこと。
そして政治学でも経済学でも法律でも自由に選択できる学際的な学部システムが最近の受験生の支持を得ているからとか。

二文は無くなったが、社学はこうして成長を続ける。われわれに先見の明があったということか(爆)

当時は社学が易しかったから私も早稲田に入れたし、昼夜開講のおかげでマスコミで実のあるアルバイトができ、その後の人生に繋がった。社学には感謝しかない。

われら劣等生にも早稲田に門戸を広げてくれたのが社学だったのになぁ…今は行き場がない。

写真=政経の連中はこれ見よがしに付けた学部バッジだが、何故か社学生は付けなかったから、私はそのまま50年間も保管していた(爆)5年前、大隈講堂で

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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