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私が書いた県議会意見書ー良くも悪くも日本の政治は自民党次第だな

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日米安保条約の中の『日米地位協定を見直すべき』という県議会の意見書を、沖縄を除く全都道府県議会で初めて国に提出したのは徳島県議会だった。

この協定は例えば沖縄の米兵が交通事故をしたり女性を強姦しても日本の裁判で裁けない、米軍機が予告なく徳島を超低空飛行しても勝手だという、世界に類を見ない不平等な協定。
民族派の右翼団体だって極めて理不尽な協定だと、強く批判するくらいだ。

1994年のことだ。何と朝日新聞の社説に『地方議会として画期的な意見書』と、取り上げられた。
実はこの意見書の文面を書いたのは、'93の補欠選挙で初当選、当時、総務委員会副委員長だった私だった。

徳島県南の米軍機の低空飛行訓練に反対する恒例の意見書を総務委員会の総意で出すことになったが、同委員会で文面を一任された私が、一歩踏み込んだのだ。

そしてそれが会派総会(自民県民会議)でもすんなりと通ってしまった。
さらに本会議で全会一致で可決し、数日後の朝日社説に載って会派で騒ぎになった。

『自民党会派からこうした文面は出すべきではないし、文案を見てない』と、私を強く叱責した先輩議員もいた。

ところが私の親分、元県医師会長、中谷浩二先生(故人)が『君ら文案見てないったって、書面も配ったし森本君が総会で読んで了解したやないか!』と。


それでシーンとなり収まった。間違いなく会派総会で私が読み上げ、『了解!』だったのだ。

その時の総務委員長は後の吉野川市長川真田哲也さん(故人)。批判に動じることなくニコニコと僕にウインクしてきた。
中谷先生も『君が読んだの、ホンマはわしも聞いてなかったわ』と、大笑い。
良い意味で実に大らかな時代だった。

あの日、本会議で可決した後、後に県知事となった社民党県議の大田正さんが僕のところにきてこう言った。
『おまはん、ごついな。何であの意見書が自民党会派を通ったん?われわれが出したら完全に本会議で否決だろ。あれは凄いと思う』と、不思議がってたのを思い出す。

これはまさに偶然の賜物だったが、日本の政治は良くも悪くも自民党次第だなと思った一件だった。

その後も米軍機低空飛行に反対する意見書は、県議会から国に出されているが、日米地位協定見直しについては触れていない。

(県議会では私の親分だった中谷先生。はトップガン並みの米軍機の徳島県南での低空飛行)

もりもとなおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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