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"立ちんぼ"といわれた売春婦たちが普通にいた時代への思い

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売春相手を求めて街角に立つ女性は『立ちんぼ』と呼ばれた。とっくに死語になっていると思っていたが、大阪発のニュースでまだ使われていた。事件記者時代、警察で普通にこの言葉が使われたが、私は売春婦の人権を軽く見るようなこの言葉が嫌いだった。

たくさんの立ちんぼといわれる女性が検挙された
梅田・泉の広場

梅田・和泉の広場での"立ちんぼ"を府警が摘発

大阪府警が梅田地下街の「泉の広場」周辺で、売春相手を求めて立ち続ける"立ちんぼ"女性の摘発に本格的に取り組んできた。
その結果、1年がかりで17才から60才までの61人も売春防止法違反容疑で摘発したという。

この周辺は待ち合わせスポットとして長年、市民らに親しまれてきた。
しかし商店街の人たちからの、彼女たちの存在で風紀が乱れるとの声に、府警が地道な捜査を続けてきたが、紆余曲折があったようだ。

なぜかというと女性の側から客を誘わないやり方に、なかなか検挙するのは難しかったからだ。

私のアパートの近くで毎夜、ぽつんと立っている女性がいた

新人時代に住んでいたアパートは徳島市の歓楽街から至近距離だった。アパートの前には古びた木造のラブホテルがあり、その側でいつも30代くらいの女性が立っていた。いわゆる"立ちんぼ"であることは直ぐ分かった。

徳島の歓楽街の外れには昔はこうした女性がたくさん立たずんでいたが、彼女がいたのはそこからかなり離れた場所で、ぽつんといつもひとりで立っていた。

歓楽街の外れで目にしたこうした職業の女性たちは結構、年配で人生の年輪を感じたが、彼女はずいぶん美人で、その綺麗さが逆に違和感を感じた。

"立ちんぼ"も昔は何らかの組織下にあった

私の帰宅は毎日のように深夜だったが、彼女と顔を合わすことは多く、必ず微笑んでくれたのを覚えている。

冬などはかわいそうなくらい寒そうで、『きょうは寒いね〜』とか、お互い声を掛けることもあった。
客とホテルから出て来るところや、入るところも何度も目にした。

私は3年、そのアパートで生活したが、支局勤務のため引っ越しをする頃、彼女もどこかに消えていた。
当時だから何らかの組織下にあり、フリーで仕事はできなかったはずだ。

"立ちんぼ女性"が被害者だったラブホテル殺人事件

同じ頃、歓楽街の外れのラブホテルでは若い"立ちんぼ"の女性が殺害される事件もあった(迷宮入り)
その事件の時、私も取材でこの世界を覗くこととなったが、"立ちんぼ"と一言でいわれる女性たちにも様々な過酷な人生があった。

売春はもちろん公序良俗に反する仕事だが、こうした女性たちを"立ちんぼ"という蔑んだことばで一括りにすることに、私は抵抗があった。

アパートの近くでひとり立たずみ、客引きをしていたあの彼女はどういう動機でその仕事を選んだのだろう。その後、どんな人生を歩んだんだろう。

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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