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聖なる夜はビング・クロスビーのホワイトクリスマスを

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『Xmasソングの原体験は、蓄音機で聴いたビング・クロスビーのホワイトクリスマスだった』

世界のクリスマスソングの中でも70年以上、ダントツに愛されてきたビング・クロスビーの『ホワイトクリスマス』は、私は恐らくものごごろついた頃から聴いていた。

うちは国家公務員の平凡な家庭ではあったが、父親は子どもたちのためのクリスマスや誕生日のイベントは大切にしていた。

だからクリスマスの原体験としては、父親が調達してきた私の背よりも高い大きなモミの木に、幼い姉と私がイブまでにクリスマスツリーを飾りつける。
そして部屋はモールでも飾られ、Xmas気分いっぱいだった。

イブ当日はバタークリーム(生クリームの無い時代)のデコレーションケーキが食卓の中心に置かれ、母親がとびきりのご馳走を作っていた。
そして子どももごく僅かだが、赤玉ポートワインを舐めることができたのだ。もちろん、ささやかだがXmasプレゼントも渡された。

そして未だに鮮烈に記憶しているのは、暖かな部屋に流れていたアメリカのクリスマスソングだ。
オヤジは当時、SP盤のレコードを多数収集していたが、狭い家に似合わないデッカい蓄音機もドーンと鎮座していた。


パチパチというレコード針の音とともに、その蓄音機でかけたビング・クロスビーのホワイトクリスマスは、まさにアメリカそのものだった。

当時の私はまだ5〜6才。その音楽がクロスビーのホワイトクリスマスだったことは、ずっと大きくなってレコードのチェックをした時だった。

こんな体験があるから自分が親となっても、どんなに忙しくてもクリスマスイブは家にいた。
オヤジのように生のモミの木とはいかなかったが小さなツリーも用意したし、ケーキも必ず予約していた。


ビングクロスビーの『ホワイトクリスマス』は当然、わが家にも流れたが、蓄音機で聴くSP盤じゃなく、ステレオで聴くカセットテープだった。
(子どもたちが小さい頃のわが家のクリスマス。実家にあった蓄音機と同じような型)

もりもとなおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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