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資生堂MG5からブラバスへ

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10代の僕らが色気づいてきたのは恐らく中学3年生〜高校1年生くらいだった。それまで頭は散髪屋さん任せ。刈り上げで特に整髪料もつけず、寝ぐせそのままに学校に行っていた。

しかし15〜16才にもなるとクラスの女子は急速に大人っぽくなってくる。おかっぱ頭が主流だったのにロングにしたりポニーテールにしたり、ショートボブにしたり。

『あいつ、あんなに可愛かったのか!』と、僕らがクラスメイトや他のクラスの女子を再認識するのもこの頃だ。

当然、こちらも子どものままじゃ済まない。初めて7・3に分けたのもこの頃だった。

もちろん洗面台にあるオヤジの"丹頂チックやポマード"は嫌だ。

テレビのCMや友だちが使っている整髪料を聞き、初めて買い求めたのが歴史的名品、資生堂MG5。CMは若き日の草刈正雄だった。

高校に入ると女子はさらに大人びてきた。高校は名古屋市の下町だったが、山の手だった中学の同級生女子より何気に大人っぽかった。
特に2、3年生は完全に大人の女性に見えたものだ。

鈴木のマー坊など"仏教系男子高校"に進学し、1年時は人権無視のボーズ頭を強制されていたから、知る由もなかっただろう。共学男子の朝の整髪は力が入ったのだ。

高2になると僕の整髪料も安物のMG5からより香りの良いブラバスに変わった。今、写真(左上)で見ても髪型はなかなか決まっている。

そして時代はまさに'70安保闘争前夜、世の中は騒然としてきた。

難しい本をたくさん読み、議論をし、髪型だけじゃなく頭の中身を鍛え、整えるべく努力もした17才の頃だった。
相変わらず学校の勉強はお留守だったが…

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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