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走れコウタローに励まされた受験時代、岬めぐりで感じた人生という旅

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先日、元シンガーソングライターでタレントや白鴎大学教授だった山本コウタロー(厚太郎)さんが亡くなった。73才だから団塊世代ど真ん中。訃報を聞いた日の深夜、『岬めぐり』を聴いたが、やはり目頭は熱くなる。


彼のヒット曲はたったの2曲だったけど、ともに僕らの青春に思い切りグサッとくる歌だったから。

『岬めぐり』と『走れコウタロー』の、走れ…は高3の時に深夜放送で火がついた。

ダービー馬のコウタローは

スタートダッシュで出遅れる/どこまで行っても離される/ここでお前が負けたなら/おいらの生活ままならぬ…と歌われた。

まるで勉強がはかどらない受験生だった僕らの心情だった。

最後の直線では
ところが奇跡か神がかり/居並ぶ名馬をごぼう抜き/いつしかトップに踊り出て/ついでに騎手まで降り落とす

そのままゴールと思いきや、コウタローは騎手まで降り落とす…やはり上手くはいかないという悲しい落ちは、半年後の河合塾での浪人生活を予感させた。

ご本人は当時の日本のパワーエリートの経歴といわれる"千代田区番町小学校ー麹町中学校ー都立日比谷高校そして東大"のはずだったが学園紛争で東大入試は中止。一橋大学へ入った秀才だった。

シンガーソングライターとしてはいつも吉田拓郎やかぐや姫の陰にいた地味な存在だったが、本人は大の拓郎ファン。
一橋の卒業論文は『だれも知らなかった吉田拓郎』で拓郎論を展開し、それは本になった。もちろん私も持っている。


また核廃絶の願いを込め、『広島ピースコンサート』を多くのフォーク関係者を巻き込んで10年間も続けた。
環境学者としても発言を続けていた。

『岬めぐり』は別れた彼女への想いを胸にバスで岬を巡る旅を歌ったものだ。

悲しみ深く胸に沈めたら
この旅終えて街に帰ろう

ソルティーシュガーもウイークエンドもコミカルさが売りだったが、コウタローさんにはいつももの悲しさを感じていた。

僕は『岬めぐり』で人生は旅なんだと教えてもらったのかもしれない。

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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