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身内の最期で改めて思った、サービス付き高齢者住宅の勧め

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やはり最後は苦しまず幸せな気分で逝って欲しい

つい最近、近しい人を2人も見送った。ともに高齢だけど最後は何を思い、何を考えて息を引き取ったんだろうと思う。
高齢とはいえ臨終に立ち会ったことで、いっそう人生の儚さを感じた。

人は死が近づくと自分の人生が走馬灯のように巡ると言われる。

義父の場合は死への1週間、ほぼ意識朦朧として気持ち良さそうに眠り、それでも何度かうわ言を言っているのを見て、走馬灯説の確信を持った。

教育者だったからずっと頭の中を現役時代のことが巡っていたに違いない。
『校長会に行くので背広出してください』とか、『体調悪いので欠席します』とか。

最後の2年間を過ごしたサービス付き高齢者住宅の介護士さんたちは義父の夢の中で、最後はどうも養護学校の先生に映っていたようだ。

2年間を過ごしたサ高住は、義父にとって快適だったし、家族を介護から解放した

『ありがとうございます』『お世話になります』と、夢の中でお礼を言っていた。教育者であったことが最後まで自己のアイデンティティだったんだろう。

義父の最後の2年間はサービス付き高齢者住宅で過ごした。
元気な人だったが手術で寝込んだ影響などでクルマイス生活となり、自宅では生活が困難になったからだ。

徳島市佐古にあるイツモスマイルという施設に入居したが、最初は家を出ることに少し抵抗した。
しかし自宅から近いから家族がしょっちゅう行けること。透析の病院も近いこと。家庭では困難に近かったお風呂にも入れてくれること。

何より介護の職員さんらの優しさ、親切さに直ぐに気に入ってしまった。

最後の方は体調の関係で入退院を繰り返したが、病院ではいつも『早く自分の部屋に帰りたい』と言っていたから、居心地が良かったのだろう。

サ高住はワンルームマンションみたいなもので、入居中は基本、完全に自分の部屋のようにレイアウトできる。

義父の部屋もテレビ、冷蔵庫はもちろん、鉢植えや勉強机などを置き、大学生の部屋みたいだった。

義父が人生最後の2年を快適に過ごせたのはサ高住のおかげだし、何より仕事を持っていた家族が介護から解放されたことが、とてつもなく大きかった。

もりもと  なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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