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重信房子、出所

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僕らの学生時代、それ以前も、新左翼各セクトには女子学生もたくさんいたと思われる。その彼女らだが、"美人活動家"はノンポリ男子学生を仲間に引っ張り込むオルグとして利用されていたように見えた。

反体制セクトもエラソーに革命を叫んでも、まだまだ組織内で女性は平等じゃなかったという残念な現実。これが半世紀前の日本社会だったのだろう。

そんな中、最過激セクト赤軍派の最高幹部としてアラブに渡ったのが重信房子だった。
ずいぶん美人だったからマスコミの注目を浴びたのだ。
当時、週刊誌に取り上げられた重信を見て、美人ぶりに驚いたのを覚えている。

その重信房子氏(76)がきょう、懲役20年の刑期を終えて釈放された。国際テロリストとして'74年のハーグ事件の共謀共同正犯で大阪府警に逮捕され、有罪となり服役していた。

彼女がアラブの砂漠に消えてからはすでに50数年の歳月が経つ。当時は過激派らしからぬ美貌のみがマスコミを賑わせたが、その美貌に翻弄された活動家たちも多かったんじゃないのだろうか。


イスラエル・テルアビブのリッダ空港で日本赤軍の3人が銃を乱射、26人もの何の罪の無い人を殺害したが、うちテロリストのひとり、京大生、奥平剛士は重信房子と偽装結婚し、海を渡っている。
当然、このテロも重信房子が知ってのことだったのではないか。


20年前余の逮捕時、あまりの変貌ぶりに驚いたが、すでに76才。マスクのため表情は良くわからないが、凄まじい女の人生ではあった。

(上から出所した重信氏。高校生時代。明治大学時代。アラブゲリラ時代。20年前の逮捕時)

もりもとなおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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