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青春の深夜放送〜忘れられないDJのこと

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ラジオを聴くのはクルマに乗った時、FMくらいだ。家で聴くことはまったくない。ましてや深夜放送は何十年も聴いていなかった。

深夜、ひょんなことでラジオつけたら懐かしの『オールナイトニッポン』が。パーソナリティこそ代わっても、半世紀以上、同じタイトルで続いてるのは、やはり凄い。

青春の深夜放送

私の青春時代はラジオの深夜放送抜きに語れない。中学3年から大学時代まで聴き続けたおかげで、私の人生は完全なる夜型になってしまった。

中学、高校と名古屋に住んでいたが、東京の放送局の深夜番組を聴いていた。

どの局も深夜放送充実期。人気パーソナリティを揃え競い合っていたが、まだ全国ネットじゃなく、首都圏中心 の放送。

電波の出力もまだ弱かったので、名古屋で聴くには相当、感度の良いラジオじゃないと、かなりしんどかった。

それでもTBSのパックインミュージック、文化放送のセイヤング、拓郎のオールナイトニッポンを、曜日によって聞き分けていた。

オールナイトCBCの思い出

そんな折、地元名古屋の中部日本放送CBC が高校1年の終わり頃、"オールナイトCBC"という、深夜番組をスタートさせた。

月曜〜金曜日、毎日深夜1時から3時まで。名古屋在住のフリーアナウンサーや、劇団の20代のお姉さんが日替わりでパーソナリティを務めたが、身近な存在だけあって、僕らは直ぐに虜になったものだ。

特に僕らがファンになったのは木曜担当の市岡節子さん。トークも軽快、リクエストハガキの取り上げ方も絶妙。通称"イチコ"と呼ばれ、あっという間に人気ものに。

僕らはよく、彼女の担当の木曜夕方、CBCに遊びに行き、ロビーで待っているといつも降りて来てくれた。

低めのハスキーな声から、大がらな女性を想像してましたが、イメージに反し、華奢で美人で可愛い女性でした。

役者になりたいこと、弟が医学部にいることなどなど、しばし、色んな話しをしたのを覚えています。

番組中には『きょう○○高校の森本クンたちが遊びに来てくれたよ』と、報告されるのも楽しみでした。

DJと突然のお別れ

ところが……

2年生最後の春休み直前。普段通り楽しく放送を聴き、最後のエンディング曲か流れ始めた時…

突然イチコが『きょうはみんなに謝らなくちゃいけないことがあるんだよね…』と。

その日で番組担当を終えることを一方的に宣言されました。そしてご自身の身の振り方さえ告げずに、僅か1年余で僕らの前を去りました。

人気ものだっただけに、ラジオ雑誌でもナゾが取り上げられました。母子家庭で弟が医学部。当然働かなくてはならないし、本格的に役者さんにもなりたい。

そのために上京し、東京の有名劇団で修行する傍ら、銀座のクラブで働いている…こんな話しが"噂"として書かれていました。

イチコさん…その後の人生はどうだったんだろう。

もりもと なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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