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大学浪人かつての3分の1に。予備校は縮小、大学経営も受難の時代へ

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浪人はかつての3分の1に減っている

来月は早、大学入試センター試験。受験生は風邪などひかずに頑張って欲しい。
ところで最近は浪人はどのくらいいるんだろう。調べてみたら、団塊や団塊ジュニアの時代に比べ激減。ピーク時の3分の1以下となっていた。

予備校大手の代々木ゼミナールや河合塾が縮小するニュースもあったが、やはり少子化はむろん、浪人の激減も要因だ。

 

予備校が高校の延長だった時代も

私の高校時代は1.5流ということもあり、卒業生470人のうち半数が浪人した。男子は300人だったが、200人近くが浪人したと思う。
そのまま河合塾の名古屋駅校に行ったから、周りは知ってるヤツだらけだった。
もちろんみんな現役で受かる大学はあるんだが、もう1年頑張ってみようーみたいな感じだった。

懐かしの河合塾名駅校

 

元々できたヤツは1年後、名古屋大学や名古屋工業大学へ。『なんでお前が?』というヤツでも同志社と立命館に大量に合格したから、浪人の成果はあったんだろう。
自宅から通いたい連中は現役時代には合格しなかった地元の雄・南山大学にたくさん合格できた。

 

私の戦績は通算1勝16敗だった

私は一浪でも全滅(7連敗)したから二浪生活に突入した。流石に仲間は減ったから結構、孤独だったかもしれない。

2つ目の母校 笑

で、何とか早稲田で一番、偏差値の低いところに合格。確か二浪目も7連敗した後、最後に"初日"が出た。
実は私の名誉のために言うと、早稲田は本当はもうひとつ合格してたはず。満点近くとったはずの世界史が、受験番号記載ミスで0点になっていた(問い合わせをすれば開示してくれたため、判明)。
勝ちを焦り過ぎた結果だろうと思う。

現役から国立2校を含め通算1勝16敗という体たらくだから、受験は向いてなかったんだと思う。
大学は80%弱が浪人で、二浪も全然、珍しくなく、居心地の良いものではあった。

 

やはり浪人が30%を超える時代は厳しかった

データを見ると団塊世代が受験生のころの浪人が全国平均で40%弱だから、男子は60%は浪人していたかも。
18才人口がピークだった1985年は何と38.5%、1992年は33%、団塊ジュニアが受験を終える1995年を界に下降し、最近は12%〜13%といったところ。少子化に加え大学の乱造で、相当入り易くなった。

浪人が減れば定員割れの大学も今後は増える一方。相当、経営の厳しい大学も出てくるが、これも文科行政の失敗だろう。

自身は今考えると、浪人できたのは幸せだったと思う。

もりもと なおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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