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2025大阪万博が決定。55年ぶりだが、時の流れの速さに驚くばかり

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楽しかったEXPO'70は高度経済成長の総決算

2025年の大阪万博が決まった。'70に次ぐ2回目だから55年ぶり。やる以上は、成功しなければならない。

大阪の前の万博、EXPO'70(1970年3月15日〜9月13日)は楽しかったなぁ。当時、高校3年生。名古屋から近鉄特急乗って鈴木、森けんの3人で行きました。
夏休み最後の日曜日とあって会場はあふれんばかりの人。残暑もとにかく厳しく、汗だくになったのは今でも覚えています。

入場ゲートをくぐり広い階段を上がると、まず太陽の塔が。当時、赤軍派を名乗る若者が塔の右目の部分に籠城し、話題になりました。

自称赤軍派

 

警察が呼びかけてももちろん、降りては来ない。籠城日数は確か4月から5月にかけての1週間にも及びました。
強制排除は危険だと、逮捕までずいぶん時間がかかりましたが、毎日中継するから万博のPR効果も抜群。のどかな籠城事件でした。
男は赤ヘルに『赤軍』と書いていたが、関係なかったことも判明。

 

最高記録、80万人入場の日に行ってしまった

会場には世界の国々や企業のパビリオンが所狭しと。人気は人類で初めて月面に降り立ったアポロ11号や月の石を展示したアメリカ館。当然、見るつもりだったが長蛇の列。5時間待ちとのことで、諦めました。

見ることができなかったアメリカ館

 

欧米や大企業のパビリオンはどこも長い時間待ちが。結局、方針転換し、アジア、アフリカの小国ばかり回りましたが、むしろ勉強になりました。

とにかく暑く、当時、会場内で流行っていたフローズンコーラLサイズを8杯も飲んだことを覚えています。森けんは高校生なのに生ビールをがぶ飲みしていたのに驚いたものです。

午後6時頃、帰ろうとしたら出口ゲートは人の波。結局、出るのに3時間以上も。聞けばこの日は万博最高の人出で、80万人とのことでした。
遅れてしまい近鉄特急に乗ることはできず、3人で私の親戚の叔母の家に泊めてもらいました。

まさに日本の高度経済成長期の総決算のような、日本の一大イベントだったと思います。この年6月には日米安保条約が自動延長し、全国の大学に吹き荒れた学園紛争も一気に収束へ。
街には藤圭子の『圭子の夢は夜開く』が流れていた。

2025年大阪万博は24日未明、開催国を決める博覧会国際事務局(BIE)の総会で、決戦投票の結果、ロシアを破った。大阪市此花区の人工島・夢洲(ゆめしま)が舞台となる。開催期間は5月3日~11月3日の185日間。「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマ。大阪万博以来、55年ぶりの万博となる。

もりもと なおき

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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