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40才は男の人生の大切な過度期かも。一本どっこで生きるのもいい

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40才は男の人生のターニングポイントかもしれない

男は40才が人生の節目なのかもしれない。数日前、学生時代からよく知っていたあるサラリーマンから会いたいとの連絡があった。
徳島市内の喫茶店で会ったら『会社を辞めることになりました』との報告だった。

彼はある県外の大手企業のエリートサラリーマン。30そこそこで支店長代理になり、今は支店長クラス。西日本の同期ではトップの出世頭だ。まもなく40才を迎える。

年収もかなり高いし、順風満帆のサラリーマン生活を送っていたから、正直、なんともったいないと思った。

出世とともに人脈広がり、新たな道が見つかる40才頃

聞けば会社は大好きで、本当にお世話になり感謝しかないと。しかし会社でのステイタスが上がり社外の人脈ができるほどに、本業を超える興味の対象が、見つかってしまったという。

春に退社を少しほのめかしたので、『今の会社で出世して役員になったら、また何でもできるよ』と、言ったのだが、やはり退社後の生活設計を立てつつあったようだ。

全く畑違いの仕事の起業だが、学生時代から人たらしのようなところがあり、恐らく彼を助けてくれる人もたくさんいるのだろう。
目標を決めたら一目散だったから、必ず成功するような気がする。

寄らば大樹の陰という諺がある。彼なら大樹から離れ、自分が大樹になるかもしれない。

不肖私も40才の転機だった

40才という年齢はまさに人生の中盤。男が『このままでいいんだろうか?』って考える頃かもしれない。

しかし大半はまだ子育ての最中。いろんなしがらみを考えて外に飛び出すのを躊躇してしまうのだ。もちろん、その方が良い場合が圧倒的に多いが。

私もちょうど39才の頃、好きな外回りの記者から内勤に変わった(変えられた)。Mという男が『お前は日の当たるとこばかり来たから、変えたった』と、嬉しそうに言い放ったのは、未だに忘れられない。

この男や日々、平凡にやってる連中には、想像もつかない努力に裏付けされた『日の当たるところ』だったのが、理解できなかったのかもしれない。

仕事について人生についていろんな思いが募り、40才で記者は卒業と決意し退社した。

選挙に出たのだが子どもたちはまだ幼稚園だった。使い古されたことばだが、ひとりで大海に小舟を漕ぎ出す心細さだった。大樹というほどではない田舎新聞だが、90年代初め、30代後半の私の年収はすでに大台を超えていた。

かなり安定した職場ではあったが、一本どっこで生きる道に魅力を感じた。

人生を後悔しないためにも飛び出すのも楽しい

私の場合は良かったのかどうかは分からない。しかしその時点では、全く後悔はないし、今もない。新しい道で学んだことが格段に大きかった。

コロナ禍でどんな仕事をしていても大変な状況だ。現状を変えようと考えている40才くらいは多いと思う。
生きることに楽な時代より、こんなしんどい時代の方が、勝負するには相応しいかもしれない。

もりもとなおき

  • この記事を書いた人

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森本 尚樹 早稲田大学卒。元新聞記者。約20年間、県議会議員を務めました。現在は福祉関連の会社の参与と在京シンクタンクの研究顧問

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